2001年12月の記録

北寧 in チャイナ 13 〜2日間の日本語授業 in 北京〜

2001年12月10日月曜日 14:25送信

みなさま、こんにちは。ご無沙汰しておりました。当分書いていなかったので、心配してくださった方もいらっしゃいましたが、ただの無精なので…。すみません!!

11月30日、12月1日とジャイカ事務所に呼んでいただき、北京で2日間日本語を教えてきました。ここには5人の協力隊日本語教師が今回講師として呼んでいただき、青年招聘という事業で日本に1ヶ月研修に行かれる中国人の小中高校の先生方に、簡単な日本語を教えるということをしました。

1クラス25人くらい。今回学生である、この先生方は日本語を勉強したことがなく、ローマ字も読めない方がほとんどでした。「どうやって教えるんだ…?」と思いましたが、バリバリ日本語を教えるのではなくて、日本に行く前に、日本人に少しでも日本語を楽しく使って触れていただくこと、先生方の訪日の雰囲気を盛り上げること、という目的をみんなで確認し、授業を行いました。

わたしのクラスにも現在中国語を勉強中の日本人留学生の方が、通訳としてついてくださり、本当にいろいろ助けてもらいました。が、本当に今回勉強になりました。

ローマ字のような共通の発音を表記する文字が使えないので、先生方は耳で聞いた日本語を中国語の漢字に当てて書いていました。数字の「2」の下に「鶏」と書いてあるのを見て(中国語でも発音は“ジー”なんですが)ちょっと違うんだけどなあ、と思いながら、なんとかして覚えようとされている姿に感動したり。

とにかく、耳で覚えてもらっていたので、ハプニングも続出!「はじめまして」を何回繰り返しても「かずまずた」とか、一文字もあってない言葉が返ってきたりしました。ちょっと冷や汗。(;´Д`)

習った言葉に場面をつけてみて、(わたしがキャビンアテンダント役で、学生さんがお客さん役)「すみません、お茶を(飲み物の単語を入れる)お願いします」という「すみません、〇〇をお願いします」という文を練習したとき、

「すみません、〇〇をお願いしません」というコントのようなことを真面目に言う人が続出。かなり冷や汗。(^o^;)

何でかな?と考えてみると、最初の『すみません』から『ません』が、あとの『お願いします』の部分に移っちゃうんですよね。思いもよらぬ、ちょっとしたハプニングに、冷や汗たらたらの2日間の授業でした。

2日間の授業が終わって、個人的には反省だらけでした。限られた言葉で、できるだけ単調にならないように、どう広げていけばいいか。どうすれば、楽しく飽きずに日本語を覚えてもらえるか。

みなさんは、この授業に何を求めているのか。あれこれ、みんなで考えて、一生懸命取り組んだわりには消化不良で、日本語教育の幅広さを感じました。

しかし、最後の夜のレセプションに参加して、その中国人の先生方といろいろお話したとき、思った以上に積極的に日本語を使ってくれました。

「先生、これどうぞ」「ありがとうございます」「いいえ」「おいしいです」…。本当に、言葉っていうのは、人間がいて、話したい気持ちがあって、生きてくるんだなと思いました。

授業で「いただきます」を教えたので、食事をする前、何とか言おうとして、「いただすき」と笑顔で言ってる先生方。間違っているけど、その言おうというする気持ちにこちらがたくさん学ばせていただきました。

わたしたちは、そのレセプションで日本の浴衣を着ました。先生方も喜んでくださって、たくさん写真を撮りました。先生方の中には、遥かチベットから来られた方や、南は雲南、北は黒龍江省、この大きな中国のいろんなところから、集まって来られていました。

この中国には56の民族があります。いや、もっと多いのかもしれません。そこにも、チベット族の方、満族の方、白族の方、たくさんの民族の方がいらっしゃっていました。レセプションでチベットの踊り、白族の歌、いろいろ披露してくださいました。中国の懐の大きさを感じた2日間でした。参加させて頂いて本当に感謝しています。

今、その先生方は日本にいらっしゃいます。日本でいろんなことを吸収されていることと思います。お互いの文化を尊敬しあえる時代は素晴らしいな!!と思いました。

と、思いながらも、わたしの毎日の活動というのは…。本当に何も出来てないような気がします。すぐには結果は出ないけど、また初心に戻って元気に頑張ります!では!!

(p.s また後日デジカメで撮った写真をアップします。少々お待ち下さい。2022年あずパンダ)

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